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東京地方裁判所 昭和39年(ヨ)2237号 決定 1965年4月26日

申請人 フランク・エス・ジヨージ

被申請人 インターナシヨナル・エア・サービス・カンパニー・リミテツド

主文

被申請人は申請人に対し金一〇、二六〇ドルを仮りに支払え。

申請費用は被申請人の負担とする。

(注、無保証)

理由

申請人、被申請人双方提出の疎明資料により当裁判所がした事実認定及びこれに基く法律上の判断は次のとおりである。

第一、解雇に至る経過その他

被申請人「インターナシヨナル・エア・サービス・カンパニー・リミテツド」(以下、被申請会社という)は、アメリカ合衆国カリホルニア州法に基いて設立された法人であつて、同州バーリンゲーム市ベイシヨア・ハイウエイ一二九九番地に本店を置き、主として、各国の航空及び空輸業者に対する飛行要員の供給を行うことを業としている。而して、被申請会社は、日本国内の航空、空輸業者である日本航空株式会社(以下、日航という)には四五名、日本国内航空株式会社には七名、以上計五二名の飛行要員(日本を含む各国に提供中の飛行要員総数は一六五名)を提供しており、これに関する業務は東京都太田区羽田江戸見町東京国際空港の日航オペレーシヨンセンター内に現業事務所を設けてこれを行なつている。他方、申請人は、昭和三五年四月一日被申請会社に一年の期間機長として雇われ、以後毎年契約を更新して来たものであるが、この契約には、雇用期間中日航に派遣せらるべく、日航に派遣されている期間中も業務執行中にその範囲内で発生した一切の疾病、傷害並びに死亡から生ずる請求権はカリホルニア州の労働者災害補償法に準拠すべき条項があつて、これに基き昭和三六年の初めから日航に派遣され、引続き日航国内線の機長として勤務して来た者である。

ところで被申請会社は、昭和三九年四月一日、同会社が日航に同年五月配属すべき飛行要員中機長、機関士についてそれぞれ先任者優先順位を定め、且つ日航との間に「以後日航は、被申請会社から派遣された飛行要員が派遣にかかる任務を遂行している間その行動を統轄し、これを監督、指示、支配する権限を有するが、被申請会社は、個々の派遣期間中に日航に派遣した飛行要員を会社独自の先任者優先制度に基いて他の飛行要員と交代させたり、他の飛行要員の職にとつてかわらせたりすることができ、その場合申請会社はその都度あらかじめ日航の承認を得なければならないこと及び飛行要員が苦情を申出た場合、それが就業又は雇傭の条件に関するものであるときは、被申請会社の責任においてこれを解決すべく、苦情がこの協定の解釈に関するものであるときは、被申請会社及び日航の代表者において問題を解決するために最大の努力を払うべきこと」等を定めた協定(以下協定という)を結び、同年四月一日申請人と被申請人との間の労働契約が更新されるにあたつても、被申請会社と日航との間の右協定に定められた雇傭の条件条項は労働契約の一部とされた。而して、申請人は、昭和三九年九月一一日、被申請会社の東京企画担当支配人及び外国人業務主任であるジエイムズ・シー・ジヤツクに対し、文書をもつて、同会社が同月申請人より後順位のチヤールス・デイートリツヒとウイリアム・バワーズとをジエツト機要員として日航に推薦し昇格させたのは、前述の経緯により被申請会社と申請人との間の労働契約の雇傭条件となつている先任者優先権を無視したものであると苦情を申立てたが、被申請会社はこれをとりあげなかつた。のみならず右推薦昇格により自己の先任権を無視されたと考える機長は申請人以外にも多く、その他の機長にも「会社が先任者優先権を無視している」という不満があつたので、申請人は、このジエツト機塔乗員の配属に関する人選問題について会社側と討議するため、日航に配属された被申請会社被傭者のうちで先任者優先順位において申請人よりいずれも上位にあるアルバート・グインザー及びジヨン・ゾツタレリとともに暫定的被傭者委員会(以下暫定委員会と称する)を結成し、同年九月二一日、日航フライトオペレーシヨンセンター、エイチ小田切あて書面を以て前叙苦情申立をしたことを通知するとともに、被申請会社が多数の先任優先順位者をさしおいて後任者をジエツト機要員に昇格させたことは会社の先任者優先の慣行と日航及び会社間の協定に違反するから、前叙苦情申立が協定の条項に則つた取扱いを受けるまでジエツト機要員の選択を延期するよう提案し、他方、日航に派遣されている被申請会社操縦士らにあて申請人名義の同文通牒(サーキユラーズ)を同日頃配布して、(一)右会社の先任者優先原則無視に対し苦情申立をし、これを日航の役員に通知したこと、(二)被申請会社の措置に抗議するため、グインザー、ゾツタレリとともに暫定委員会を構成して被申請会社の前叙役職にあるジエイムズ・シー・ジヤツクと会談する手筈をととのえたこと、(三)これを契機として航空機塔乗員のよりよい代表が得らるべきこと、を周知させた。なお、前叙暫定委員会委員三名は会社の前記ジヤツクとの間に、昭和三九年一〇月三日、外人操縦士がジエツト機操縦士に選任される選考方法、被申請会社の操縦士の停年を何才とするか等について協議したが、結局「被申請会社と従業員を代表する委員会(すなわち、暫定委員会委員三名、従業員から予選された三名、以上計六名を候補者として、その中から選出された三名の委員を以て構成する委員会)とが定期的に労働条件について会談し、協定文書ができれば承認を受けるため被申請会社の取締役会に提出すること」を合意し、申請人は同月五日暫定委員会委員長として、(一)被申請会社と協議の結果前叙のような合意が成立したことを報告すると共に右合意にいう従業員代表委員会構成員候補者の選挙を求める旨記載した文書、及び(二)従業員代表委員会構成員候補者投票用紙(この用紙は、記入の上申請人あて返送すべきものとされているほか、従業員委員会制度がもし経営者側に受け容れられない場合には組合による代表結成に賛成するか否かの回答欄が附加されており、「アメリカ合衆国においても日本国においても、従業員が団体交渉の目的のために団結することを妨げることは違法である。」と注記してある。)の両者を、暫定委員会名義で、被申請会社の全塔乗員あてに発送した。

ところが、これよりさき、被申請会社主任操縦士(チーフパイロツト)代理アール・ヘンダーソンは、昭和三九年九月二八日申請人に対し、申請人が同年九月二一日付で日航の小田切にあて差出した書面に関する詳細の申開きを文書にして提出すべきことを命じ、同年一〇月三日申請人において右に関する弁明書を提出するや、被申請会社は、同年一〇月七日付の書面をもつて、申請人に対し同月三〇日限り解雇するとの意思表示をし、右書面は同月一〇日申請人に到達した。同書面には、申請人が同年九月二一日日航小田切に対し前記のような書面を提出し、しかも右書面に許可なく被申請会社の用箋を使用したことは、日航に派遣中の被申請会社従業員及び同会社の利益を害したものであつて、このことが会社の申請人を解雇した理由である旨記載されている。

会社から申請人に支払われる俸給は、前記解雇の意思表示当時基本給一、四四〇ドル、附加手当二七〇ドル計一、七一〇ドルで、毎月五日および二〇日におおむね半額づつを支払われる定めであつたが、昭和三九年一〇月一日以降の分は支払われていない。

なお、申請人は、昭和三九年一二月一四日アメリカ合衆国全国労働関係局第二〇地方事務所に本件解雇を被申請会社の不当労働行為であるとして提訴したが、昭和四〇年一月二一日全国労働関係局地域担当官から却下の通知を受けた。

第二、解雇の効力及び被保全権利

申請人が「申請人に対する本件解雇は、申請人の労働組合結成準備を弾圧するために行われた不利益取扱であつて、解雇理由として被申請会社の表示した前叙事由は単に表面上の理由に過ぎず、従つて本件解雇は労働組合法第七条第一号に違反して無効である。」と主張するのに対し、被申請会社は、「(一)同会社が日本に事務所、営業所または業務担当者を有しないから、本件について日本国の裁判権は及ばない。(二)仮に及ぶとしても被申請会社と申請人との間の雇傭契約に関する本件解雇行為の効力はカリホルニア州法を準拠法として判断すべきである。(三)日本法に準拠すべきものとしても、本件解雇は申請人がほしいままに日航とはじめた苦情処理に関する直接交渉という『契約違反、しかも重大な非行にあたる行為』を理由とするものであつて、それ以外の理由によるものではないから有効である。(四)仮りに、本件解雇が無効であつても、申請人と被申請会社との間の雇傭契約関係は、会社と日航との間の協約所定の機長配置員数が昭和三九年一二月以降二三名に減少した結果、先任逆順により同年一一月三〇日限り消滅したから、申請人は会社に対し同年一二月一日以降の賃金を請求する権利を有しない。」と抗争するので、これらの点について逐次検討する。

一、裁判権について

外国法により設置された法人といえども、わが国内に事務所等を置いて営業を行う場合、わが国の裁判権に服すべきことは多言を要しないところであつて、民事訴訟法第四条第三項もこれを当然の前提とする規定と解すべきである。ところで、被申請会社が飛行要員五二名を日本国内の航空会社に提供し、その営業所を肩書地の現業事務所において行なつていることは前叙のとおりであるから、同会社にわが国の裁判権が及ばないという被申請人の主張は採用できない(右現業事務所は民事訴訟法第四条第三項にいわゆる「日本ニ於ケル営業所」にあたると解すべきであるから、同会社は、同所に普通裁判籍を有するわけであつて、本件仮処分申請は同会社の右普通裁判籍所在地を管轄する当裁判所の管轄に属する)。

なお、申請人が前示のようにアメリカ合衆国全国労働関係局地方事務所に救済の申立をしたことは、以上の点につき何らの消長を及ぼすものではない。

二、準拠法について

次に、本件労働契約は、アメリカ合衆国「カリホルニア」州法人である被申請会社とアメリカ合衆国人である申請人との間にアメリカ合衆国カリホルニア州で締結されたものであつて、「雇傭の条件…………についてアメリカ合衆国以外の政府の管轄から逃れるために、」被傭者が、本契約期間を通じて本籍をアメリカ合衆国内又はその領土、属領、島嶼内に置くことを拘束的条件として締結されたものであるから、アメリカ合衆国連邦法あるいは同国カリホルニア州法を準拠法として選択したものと考えられる。しかし、右契約に関するものであるとはいえ、本件解雇の意思表示は、東京国際空港駐在の被申請会社東京企画担当支配人兼外国人業務主任ジエームズ・シー・ジヤツクから、本件労働契約に基いて日航に派遣され、その支配の下に日航国内線の機長として勤務している、東京都港区在住の申請人に対してなされたものであるから、かかる解雇の効力は、労務の給付地であるわが国の労働法を適用して判断すべきであつて、この点に関するかぎり法例第七条の適用は排除されるものと解すべきである。けだし、労働契約関係を律する労働法はひとしく労使の契約関係を規律する一般私法法規と異り、抽象的普遍的性格に乏しく各国家がそれぞれ独自の要求からその国で現実に労務給付の行われる労使の契約関係に干渉介入し、独自の方法でその自由を制限し規整しているので、労働契約に基く現実の労務給付が本件の如く継続して日本国内で行われるようになつた場合には、法例第七条の採用した準拠法選定自由の原則は属地的に限定された効力を有する公序としての労働法によつて制約を受けるものと解するのを相当とするからである。

三、そこで、労働組合法第七条第一号にうかがわれる公序に照して、本件解雇の効力の有無を検討するのに、被申請会社の主張する本件解雇事由は、「申請人が許可なく同会社用箋を用い、同会社の取引先である日航に対し、被申請会社の航空機塔乗員をジエツト機要員に昇級させることを被申請会社自身から要求しているかのような印象を与える直接交渉を行つたことは、日航に派遣中の被申請会社従業員及び被申請会社の利益を害する。」というにあるのであるが、たとえ、申請人が日航あての書簡に許可を得ないで会社の用箋を使用したことが軽率であるにしても、その書簡内容は申請人個人名義をもつて、「被申請会社に苦情申立をしたこと」を通知するとともに右苦情申立が日航及び会社間の協定の条項に則つた取扱を受けるまでジエツト機要員の選択を延期するよう提案したものに過ぎないから、被申請会社からの要求であるというような誤解を招く余地は全くないのみならず、申請人の苦情申立が昭和三九年九月一一日以来約一〇日間被申請会社にとりあげてもらえなかつた状態のもとで、申請人が日航に前記のように提案し、協力を求めたからといつて、それが直ちに被申請会社及びその従業員の利益を害する結果を生ずるとは考えられず、また、かかる結果を生じたことを疎明するに足る十分な資料もない。他方、本件解雇は、昭和三八年九月二八日被申請会社主任操縦士代理ヘンダーソンから申請人に対し、書面による弁明を要求し、同年一〇月三日申請人から弁明書が提出された後に行われた形式になつているけれども、実は右弁明書提出前である同年同月一九日被申請会社代表取締役ウイリアム・アール・リバースから発せられた指令に基いて行われたものであること及びこの指令が発せられる以前、同月二一日前記ジヤツクが申請人から暫定委員会との会談の申入れを受け、同月二三日頃の会談を約束しながら前記代表取締役リバースの勤務しているサンフランシスコに行き、帰日後右会談の約束を実行しないでいるうち前記指令が発せられた関係にあること、並びに前記ジヤツクはサンフランシスコへ出発する以前既に申請人が被申請会社所属の塔乗員を結集して労働組合を結成しようとしているのではないかという危惧を抱いていたことがうかがわれるのであつて、これらの事実をそう合すると、前記の指令、従つてまたこれに基く本件解雇は、申請人の労働組合結成準備を嫌つて行われたものであると認めるのが相当である。従つて、本件解雇は、前記労働組合法第七条第一号にうかがわれる公序に反し無効であるといわなければならない。

四、更に、申請人と被申請会社との間の労働契約は、昭和三九年四月一日更新にあたり、その有効期間を「被申請会社と日航との協定の条件期限に従い、直ちに終了しない限り機長の資格で同日以降一二ケ月とする。」旨定めている。而して、被申請人は昭和三九年一一月三〇日かぎり右契約関係が終了したと主張するけれどもこれを疎明するに足りる資料は全くない。

従つて申請人と被申請会社との間の本件労働契約関係は、同年一〇月なされた前記解雇の意思表示に拘らず昭和四〇年三月末日まで存続したものというべく、右意思表示当時の基本給、附加手当、支給日はいずれも前記第一に判示したとおりであるから、申請人は被申請会社に対し昭和三九年一〇月一日以降昭和四〇年三月末日までの基本給六月分金八、六四〇ドル、附加手当六カ月分金一、六二〇ドル、以上合計金一〇、二六〇ドルの賃金債権を有するものといわなければならない。

(本件労働契約につき当事者がアメリカ合衆国連邦法あるいは同国カリホルニア州法を準拠法として選択したものと考えられることは前叙のとおりであるが、いずれにしても労働契約が労務者側に使用者に対する賃金債権を生ずべきことに変りはないから、右両法のいずれに準拠する意思であつたかにまで立入る必要を見ない。また、これら諸法において、右賃金債権不履行の場合直接履行を訴求できるかについて問題がないではないが、契約上の債権者のために履行しない債務者に対してその債務そのものの履行を訴によつて強制することができるか否か及びかような債権者の地位保全手続は何れも法廷地法であるわが国の法律に照して決するのが相当であつて、申請人の有する前記賃金債権はわが国法上直接履行を訴求することを許される権利であること勿論であるから、本件仮処分の被保全権利としての適格をそなえるものということができる。)

第三、仮処分の必要性

一、申請人が賃金労働者として前記金額の賃金を昭和三九年一〇月一日以来支払われていないことは前叙のとおりであり、このような賃金不払により著しく生活上の便益を害されることは、前記の事実関係から見てむしろ自明のことであるから申請人には本件仮処分を受くべき緊急の必要性があるものと認めるのが相当である。

二、被申請会社は、「仮処分命令が発せられたとしても、被申請会社が日本に資産を有していない以上、その命令を執行することができず、仮処分は必要性を欠く。」と主張する。しかし、仮りに被申請会社が無資産であるとしても、仮処分の裁判につき任意の履行を期待し得ないわけではないから、執行の対象となるべき資産が日本にないという一事によつて本件仮処分の必要性を否定することはできない。

第四、結論

以上の次第で、申請人の本件仮処分申請は理由があるから、申請人には保証を立てさせないで許容することとし、申請費用につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり決定する。

(裁判官 川添利起 園部秀信 松野嘉貞)

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